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札幌地方裁判所 昭和34年(ワ)218号 判決

原告 福士徳之進

被告 高橋一雄 外一一名

主文

1、原告の請求をいずれも棄却する。

2、原告は、訴訟費用を支払え。

事実

1  原告の請求の趣旨

原告に対し、

(一)  被告高橋一雄は、別紙第一目録記載の(1) の建物を収去し、同(2) の土地を明渡し、かつ一七、八六五円および昭和三四年一月一日から右明渡済まで一ケ月一、五七五円の割合による金員を支払え。

(二)  被告相沢彦次郎は、別紙第二目録記載の(1) の建物を収去し、同(2) の土地を明渡し、かつ二六、四三五円および昭和三四年一月一日から右明渡済まで一ケ月五八二円の割合による金員を支払え。

(三)  被告長岡正郎は、別紙第三目録記載の(1) の建物を収去し、同(2) の土地を明渡し、かつ二四、一五一円および昭和三四年一月一日から右明渡済まで一ケ月一、二五七円の割合による金員を支払え。

(四)  被告外山定治は、別紙第四目録記載の(1) の建物を収去し、同(2) の土地を明渡し、かつ七、六八〇円および昭和三四年一月一日から右明渡済まで一ケ月三、九二〇円の割合による金員を支払え。

(五)  被告玉井よね、同玉井信子、同大島笑子、同小野寺幸子、同玉井清一、同玉井久子、同玉井泰浩は、別紙第五目録記載の(1) の建物を収去し、同(2) の土地を明渡し、かつ連帯して昭和三五年六月五日から右明渡済まで一ケ月六〇六円の割合による金員を支払え。

(六)  被告堀神は、別紙第三目録記載の(1) の建物のうち、西南隅の四坪五合(間口一間半、奥行三間)の部分から退去し、その敷地を明渡せ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言

2  被告らの右に対する答弁

主文同旨

3  原告の請求原因

(1)  (原告えの本件各土地所有権の帰属)原告は、昭和一九年三月頃訴外田中富士雄から同人所有の請求の趣旨記載の各土地(以下本件各土地という。)を含む苫小牧市錦町所在の宅地一、八四〇、四二坪を買受けて所有権を取得し、同年七月二六日その登記を経由した。

(2)  (被告らと前主田中との本件各土地の賃貸借)(一)被告高橋一雄、(二)同相沢彦次郎、(三)同長岡正郎の先代長岡菊次郎、(四)同外山定治、(五)同玉井よね、同玉井信子、同大島笑子、同小野寺幸子、同玉井清一、同玉井久子、同玉井泰浩の先代玉井丈八は、右訴外田中よりそれぞれ請求の趣旨記載の各土地を賃借し、それぞれ請求の趣旨記載の建物を所有していた。

(3)  (賃貸借の承継)原告は、前記(1) のとおり右土地の所有権を取得し登記を経由したので、賃貸人たる地位を承継した。

又、被告長岡正郎は、昭和二一年五月一七日先代菊次郎が死亡したので、相続により賃借人たる地位を承継した。

(4)  (賃貸借契約における信頼関係の破壊による契約解除)

(イ)  ところが右被告ら(但し、被告玉井よね、同玉井信子、同大島笑子、同小野寺幸子、同玉井清一、同玉井久子、同玉井泰浩についてはその先代玉井丈八、以下「被告ら」とあるときはこの用法に同じ。)は、次のような賃貸借関係における信頼関係を破壊する行為をした。即ち、原告は、前記(1) (2) (3) のよりに本件各土地の所有権を取得し、被告らと賃貸借関係を結んできたものであるのに、被告らは原告の所有権取得後十数年を経過してから突然、右土地は前主田中富士雄の借地人であつた被告らの委託によつて原告が被告らのために右田中から買受けたものであり、被告らの申出があれば右買受時の価額である坪一〇円で、売渡さなければならないものであるとの荒唐無稽の主張をし、昭和三三年一二月二二日原告を相手取り、札幌地方裁判所に本件各土地所有権の移転登記手続を求める訴を提起し、現に同庁昭和三三年(ワ)第九一七号事件として係属中である。(尚、被告長岡は、母フミヲと相謀り、母フミヲの名で右の訴を提起した)右行為は、被告らが虚構の事実を申立てて土地を騙取するに等しく、賃貸借関係の基礎である信頼関係を破壊するものである。

(ロ)  原告は、昭和三四年一月二七日に到達した書面をもつて、右被告らに対し、右信頼関係の破壊行為を理由として、契約を解除する旨の意思表示をした。

(5)  (債務不履行による契約解除)

(イ)  仮りに、右賃貸借解除の意思表示は効果がないとしても、被告高橋、同相沢、同長岡、同外山は、昭和三三年一二月末日までにそれぞれ左記金額の賃料の支払をしなかつた。

一ケ月当り合意賃料額

(一) 被告高橋-昭和三〇年四月からは一、二三〇円、同三三年四月からは一、五七五円。

(二) 同 相沢-昭和二九年四月からは五〇四円四〇銭、同三三年四月からは五八二円。

(三) 同 長岡-昭和三〇年四月からは六四〇円五〇銭、同三三年一月からは一、二五七円七五銭。

(四) 同 外山-昭和三〇年四月からは二、五四八円、同三三年四月からは三、九二〇円。

延滞賃料額

(一) 被告高橋-一七、八六五円

(二) 同 相沢-二六、四三五円

(三) 同 長岡-二六、九〇三円

(四) 同 外山- 七、六八〇円

(ロ)  原告は右被告らに対し、昭和三四年一月二七日に到達した前記(4) (ロ)の書面をもつて、右金員を書面到達の日から三日以内に支払うべき旨催告し、若し右期限内に支払わないときは、賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした(被告高橋については、金二一、五五五円と誤記したので、翌二八日到達の書面で訂正した。)。

(ハ)  被告らは、右催告期間内に右延滞賃料額を支払わなかつた。

もつとも、右被告らは、右催告期間内にそれぞれ左記金員を原告に送金して来た。

送金額

被告高橋-一四、七六〇円

同 相沢-二三、七九九円

同 長岡-一八、一一六円

同 外山- 七、六八〇円

しかし、被告らは、本件各土地は被告もの所有であると主張し、右金員は、名目は地代であるが実質は組合費であると称して提供したものであるから、債務の本旨に従つた履行とはならない。従つて、右賃貸借は被告らの貸料不払による解除により、同年一〇月三〇日限り終了したものである。

(6)  (解除後の不法占拠)右被告らは、賃貸借終了後も引続き本件各土地上に請求の趣旨記載の各建物を所有することによつて右土地を不法に占有しており、原告に賃料相当額の損害を与えている。

(7)  前記玉井丈八は、昭和三五年六月五日死亡し、被告玉井よね、同玉井信子、同大島笑子、同小野寺幸子、同玉井清一、同玉井久子、同玉井泰浩は、いずれも相続人として同訴外人の権利義務を承継した。

(8)  よつて、原告は被告高橋、同相沢、同長岡、同外山に対し、請求の趣旨記載の建物の収去および土地の明渡と前記(5) の延滞賃料(但し、被告長岡に対しては金二四、一五一円)および昭和三四年一月一日から賃貸借解除の日までの前記賃料と解除の日以後右土地明渡済までの賃料相当の損害金の支払、被告玉井よね、同玉井信子、同大島笑子、同小野寺幸子、同玉井清一、同玉井久子、同玉井泰浩に対し、請求の趣旨記載の建物の収去および土地の明渡と前記(7) の相続の日である昭和三五年六月五日から土地明渡済までの一ケ月金六〇六円の賃料相当の損害金の連帯支払を求める。

(9)  被告堀神は、別紙第三目録記載の(1) の建物のうち、西南隅の一室四坪五合(間口一間半、奥行三間)の部分を被告長岡から賃借して居住することにより、その敷地を占有している。原告と被告長岡との右土地の賃貸借は前記(4) (5) のとおり終了した。よつて、原告は被告堀に対し、右建物からの退去およびその敷地の明渡を求める。

4  被告らの認否

(1)  請求原因(1) を否認する。但し、本件各土地につき原告が所有権取得の登記を有している事実は認める。本件各土地は、原告が所有するものではなく、被告らが所有しているものである。即ち、(一)本件各土地は、被告らが、昭和一八年秋頃原告に対し、訴外田中から当時同人の所有であつた本件各土地を被告らのために買受けるべきことを委任し、同時に原告に右委任事務処理のため、代理権を付与し、原告は被告らの代理人として昭和一九年秋頃、訴外田中から本件各土地を買受けたものである。(二)仮りに、右委任契約に際しては、右のように原告が被告らの代理人として本件各土地を買受けるべき旨の代理権の付与がなされていなかつたとしても、右委任契約においては、原告が本件各土地を訴外田中から買受けてその所有権を取得したときは、同時に被告らにその所有権を移転させる旨の約定が原被告間において予めなされていたものであり、原告と訴外田中間の本件各土地の右売買により、同時に被告らはそれぞれ本件各土地の所有権を取得したものである。(三)尚、被告らの右所有権取得の事情は次のとおりである。即ち、(イ)本件各土地は周辺のその他の土地と共に、いずれも以前訴外田中富士雄の所有であり、被告らは同人よりそれぞれの部分を賃借していたのであるが、昭和一一年三月頃被告らを含む右土地の借地人約一二名は、借地人組合を設立し、地代の抑制など借地人の利益擁護および相互親睦を図つて来た。(ロ)訴外田中は、昭和一六年頃各借地人に対し、借地部分を売却する旨の申出をして来た。当時、右組合の組合員は約四〇名になつていたが、同組合は数回に亘つて会議した結果、組合員は各自その借地部分を田中から購入することに決定した。そして、右決定の実行のため組合役員を強化することとし、原告を副組合長に選出した。(ハ)その後、昭和一八年秋頃前記借地人組合は、右土地の購入資金の調達について協議するため原告方において集会を行つたところ、原告は右購入資金の立替を申出でたので、組合はこれを承諾した。そして、その際、更に原告が被告ら組合員の代理人として地主田中との売買交渉に当ること、各組合員の購入すべき土地の範囲は、それぞれの借地部分とすること、地主との売買契約成立の暁には、各組合員に直ちにその借地部分の所有を取得することなどが決議された。(二)右決議に基いて、その際前記(一)記載のように被告らは原告に対し、右決議の内容に沿う事務の委任をし、同時に代理権を付与したものであり、又代理権の付与がなされなかつたとしても、前記(二)記載のような約定がなされたものである。

(2)  同(2) は認める。

(3)  同(3) のうち、被告長岡が相続により賃借人の地位を承継した事実を認め、その余は否認。但し、本件各土地の所有権を原告が有するものと認められるならば、原告が賃貸人たる地位を承継したことは認める。

(4)  同(4) (イ)のうち、被告らが原告主張のような訴を提起し、現に訴が係属中である事実を認め、その余は否認。

同(ロ)を認める。

(5)  同(5) (イ)の合意賃料額および延滞賃料額を争う。被告らの昭和三三年一二月末日までの延滞賃料は左記のとおりである。

被告高橋-一四、七六〇円

同 相沢-二三、七九九円

同 長岡-一八、一一六円

同 外山- 七、六八〇円

同(ロ)を認める。

同(ハ)については、被告らは原告の賃料支払の催告に対し、催告期間内に前記の延滞賃料を原告に対し送金して現実に提供したから、原告の賃貸借解除は効果がない。もつとも、右の金額は賃料名義であるが、実質は本件各土地の維持費である。

(6)  同(6) のうち、建物を所有し、土地を占有している事実を認め、その余は否認。

(7)  同(7) は認める。

(8)  同(9) のうち、原告主張のように建物の一部を賃借して居住し、土地を占有している事実を認め、その余は否認。

5  被告らの抗弁

被告高橋、同相沢、同長岡、同外山は、原告の前記の延滞賃料請求に対し、前記のように被告ら主張の金員を送金して弁済の提供をしたが、原告は弁済の受領を拒んだので、これを供託し、更に昭和三四年一月以降同年一二月末日までの賃料をも供託した。

6  抗弁に対する原告の認否

抗弁事実を認める。

7  証拠

原告 甲第一の一~六、二、三の一~三、四の一、二、五、六、七、の一、二、八、九の一~三、一〇の一、二、一一、一二の一、二、一三の一、二、一四の一、二、一五の一、二、一六の一、二、一七、一八の一、二、一九の一、二、二〇、二一の一~三、二二の一~三、二三の一~三、二四の一~三、二五の一~四、二六の一~三、二七~三八号証(被告の認否-一〇の一、二、一一、一二の一、二、一三の一、二、一四の一、二、一五の一、二、一六の一、二、二〇は不知、二七は上欄名下の印影のみ認めてその余は不知、その余の各号証は認)

証人千葉左部、同石橋定雄、同福士辰雄、原告本人

被告 乙第一の一、二、二の一~四、三の一~五、四の一~四、五の一~四、六の一~四、七、八の一~三、九の一、二、一〇の一、二、一一の一~三、一二の一~三号証(原告の認否-一の一、二は不知、その余の各号証は認)

証人花摘寿夫、同長岡フミヲ、被告本人外山定治、同高橋一雄、同玉井清一

理由

1、請求原因(1) の事実を認めることができる。即ち、甲一の三、一の六、三の一-三、二〇、三八、乙七号証(甲二〇号証の成立は証人福士辰雄の供述によつて認める外、その余は成立に争いない。)、証人福士辰雄、原告本人の供述を綜合すると、原告は、昭和一九年三月頃、訴外柴田丈次郎を連れて四国の宇和島に赴き、同所で訴外田中富士雄の代理人畑野梓との間に、訴外田中所有の本件各土地を含む土地につき売買契約を結び、同年七月二六日に所有権移転の登記を得たことを認めることができる。

被告らは、原告が右のように訴外田中から本件各土地を買受けたのは、被告らの代理人としてであり、又は、原被告間には原告が田中より本件各土地を買受けて所有権を取得すると同時に原告より被告らに所有権を移転させる約定があり、結局本件各土地の所有権は被告らが有するものであると主張するので、次にこの点について判断する。

(被告主張の借地人組合の存否およびその性格について)

乙一の一、二、七、八の二、三、一〇の二、一一の二、三号証(一の一、二は弁論の全趣旨によりその成立を認め、その余は成立に争いない)を綜合すると、訴外田中は、本件各土地を含む約七、三〇〇坪の土地を所有し、これを約一〇〇人の賃借人を賃貸していたが、右借地人の一部は昭和一一年頃地代値上に対する交渉のため、錦町借地組合という借地人の組合を設立したことおよび昭和一八年頃には訴外北川久太郎を組合長としてその組合員は原被告を含めて約二〇名ないし四〇名位となつていたことを認めることができる。この点に関する甲一の六、三八号証(いずれも成立に争いない)、原告本人の供述は、右証拠に照して信用できない。しかし、前記各証拠によれば、右組合は、法律上の一個の単位というよりは借地人一部有志の任意加入による単なる集りにすぎず、組合員数さえ不明確であり、又その活動も極めて不活溌で定期的な組合総会なども開かれることがなかつたことを認めることができる。従つて、甲一の二、一の四、一の五号証(いずれも成立に争いない)およびその他の証拠中に、当時同じく地主田中に対する借地人であつた者が、右組合の存在を知らず、これに加入したこともない旨の供述があつても、前記認定と矛盾することはない。

(被告主張の組合決議の存否について)

乙八の二、三、一〇の二、一一の二、三号証を綜合すると、昭和一八年頃訴外田中よりその代理人畑野梓を通じて前記北川らに同人所有地七、三〇〇坪を売却したい旨の申入れがあり、前記組合もその対策を協議するため、同年九月頃の或る日に原告方において集会を行つたことを認めることができる。この点に関する甲三八号証および原告本人の供述は、右証拠に照して信用せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。しかし、右集会において被告ら主張の(1) (三)(ハ)のような決議がなされたことを認めることができない。即ち、前掲各証拠によれば、右組合は全借地人の一部、最大限約四〇人を組合員とするにすぎないのであるが、当日の集会には組合員全員に集会の通知がなされたか否か不明であり、結局その約半数の二〇人余りが出席したに過ぎず、又出席した組合員の中にも実質的協議に参加しなかつた者も居り、到底借地人全体としては勿論、組合全体としての意思決定をなし得る状況ではなかつたこと、地主田中側の申出は、その全所有地七、三〇〇坪を一括して売却すべく、各借地人に借地部分を切り売りするものではないこと、そしてそのことが前提になつていながら、右組合が右土地全部を買受けた後の組合外の借地人に対する対策が全く協議されていないこと、買受代金額が不確定であること、即ち、地主側は坪当り七円、借地人側は坪当り五円を主張し、更に借地人間におけるそれぞれ自己借地部分の坪当り評価がまちまちであつたこと、被告ら組合員は地主側の畑野と全く面会することなく、北川からも畑野との交渉の経過の報告を受けることもなく、全く相手方の事情や条件を直接知らないことなどを認めることができ、以上の事実を綜合すれば、前記集会においては、たまたま当日集つた一部の借地人より各借地部分を買取りたい旨の希望が表明され、原告および訴外北川らにおいてその趣旨に沿つた努力をして欲しい旨の要望がなされた程度の事実があつたものと推認することはできるが、到底被告ら主張のような明確な決議なされたものとは認めることができない。又、右の希望ないし要望をもつて、默示のうちに右決議がなされたものと認めることもできない。

(原告に対する代理権の付与および被告主張の約定の有無について)

右の代理権の付与ないし前記約定は、前記の原告宅における組合の決議を前提とするものであるから、前述したように右決議の存在が認められない以上、いずれも認めることができない。

従つて、右代理権の付与又は前記約定に基く被告らの本件各土地に対する所有権取得は認めることができない。又、他にさきに認定した原告の本件各土地所有権取得を左右するに足りる証拠はない。

2、同(2) の事実は当事者間に争いがない。

3、同(3) の事実も、原告の本件各土地に対する所有権が認められる以上、当事者間に争いがない。

4、同(4) について。当裁判所は、賃貸借契約における信頼関係の破壊をもつて解除権の発生原因とは認めない。たしかに、賃貸借関係は信頼関係を基礎とするものであると云われ、例えば民法第六一二条において賃借権の無断譲渡又は賃借物の無断転貸が解除権の発生原因とされているのは、それらの行為が信頼関係を破壊するためであり、それ故にこそ、形式的にこれらの行為があつても、実質的に信頼関係を破壊しないときは、解除権は発生しないとされている。しかし、右法条は、信頼関係の破壊が同条所定の形をとつて表明された場合のみを解除権の発生原因となしたに過ぎず、無断譲渡ないし転貸を例示的なものと解し、信頼関係を破壊する他の行為があつた場合にも解除権の発生を認めたものと解する余地はない。又、他に信頼関係の破壊をもつて解除権の発生原因となしたと認めるべき法律上ないし理論上の根拠は見当らない。原告の引用する最高判昭和二四年(オ)一三七号事件同二六年四月二四日言渡の判決も、信頼関係の破壊をもつて直ちに解除権発生原因と認めたものではなく、単に借家法第一条の二所定の正当の事由の有無を判断する一事由となし、更にそのような行為があるときは、少額の賃料不払による契約解除も信義誠実の原則に反しないとしたに過ぎない。又、最高判昭和二四年(オ)一四三号事件同二七年四月二五日言渡の判決も、賃借人に民法所定の賃借人としての義務に違反する行為があるときは民法第五四一条により解除できることを当然の前提として、たゞその程度が契約関係の継続を著しく困難ならしめる不信行為であると認められるときは、同条所定の催告を要しない旨判示したにとどまり、信頼関係の破壊をもつて同法条ないし民法の他の法条による法定解除権以外の特殊の解除権発生原因として認めたものと解すべきではない。

5、(イ) 同(5) (イ)の事実について、左の被告らは、昭和三三年一二月末現在において、次の額の延滞賃料があつたことを左の証拠により認めることができる。

被告高橋-一四、七六〇円原告本人高橋、乙二の二号証(成立に争いない)

被告相沢-二三、七九九円証人花摘、乙四の一、二、一二の一~三(いずれも成立に争いない)

被告長岡-一八、一一六円証人長岡、乙五の二(成立に争いない)

被告外山-七、六八〇円弁論の全趣旨により当事者間に争いないものと認める。

右認定に反し、右被告らの各延滞賃料額が原告の主張のとおりであるとする証人福士、甲一二の二、一四の二、一五の二号証(いずれも証人福士の証言によつてその成立を認める)の各証拠は信用せず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(ロ) 同(5) (ロ)の事実は当事者間に争いない。

(ハ) 同(5) (ハ)の事実について。被告らは、それぞれ催告期間内に各延滞賃料額につき、弁済の提供をしたことを認めることができる。先づ、被告らが催告期間内に既に認定した延滞賃料額を原告にあてゝ送金してきたことは当事者間に争いない。又、右送金が名目は地代として、実質は組合費ないし維持費としてなされたことも当事者間に争いない。しかし、当時既に原被告間には、本件各土地の所有権の帰属をめぐつて訴訟が係属し、被告らは右所有権は自己にある旨を主張していたことは当裁判所に顕著な事実であり、若し、当時被告らが原告の催告に応じて賃料として前記金員を支払うならば、原告の所有権を認めたことになるおそれがあると考えられ、又既に認定したように、本件各土地の所有権は法律上原告にあるのであるが、そこに至るまでには前記のような事情が認められるのであるから、前記金員を送金するに当り、名目は地代、実質は維持費と称したとしても不自然ではない。しかも、乙二の二号証以下の各供託書によれば、被告らが賃料として供託していることは明かである。以上の事実よりすれば、前記金員の送金は、前記延滞賃料の債務の本旨に従つた弁済の提供と認めることができる。

6、以上に認定したところにより、原告の被告らに対する賃貸借契約解除の意思表示はいずれも効力がない。従つて、右賃貸借終了を前提とする被告らに対する建物収去土地明渡の請求および解除の日(又は相続の日)以後土地明渡済までの資料相当額の損害金の請求はいずれも理由がない。

7、次に、原告の延滞賃料の請求のうち、昭和三三年一二月末日までの分については、その延滞賃料が前記5、(イ)において認定したとおりの数額であることを認めることができるのであるが、被告らが右賃料をそれぞれ供託したことは当事者に争いないから、原告の右賃料請求は失当である。更に、昭和三四年一月一日から解除の日までの賃料の請求は、解除が認められないため、解除の日というものがなく、又これを解除の意思表示到達の日と解しても、それは二つあるので、結局請求額の範囲が特定しないため、請求を認めることができない。

8、被告堀に対する請求は、被告長岡に対する契約解除を認めることができないのであるから、理由がない。

9、訴訟費用の負担につき、民訴法第八九条適用。

(裁判官 武藤春光)

第一目録(被告高橋)

(1)  苫小牧市錦町五〇番地

家屋番号 八七番

一、木造柾葺平屋建居宅

建坪 二十九坪

(2)  苫小牧市錦町五〇番地の一

一、宅地六四八坪九合二勺のうち

A図斜線表示の部分 六三坪一合四勺

図〈省略〉

第二目録(被告相沢)

(1)  苫小牧市錦町五〇番地

家屋番号 一〇九番

一、木造亜鉛鍍金鋼板葺平屋建居宅

建坪 十八坪二合五勺のうち

B図(イ)の部分(本屋)約八坪(ロ)物置三坪及(ハ)

物置七合五勺

(2)  苫小牧市錦町五〇番地の一

一、宅地 六四八坪九合二勺のうち

B図斜線表示の部分三八坪八合

図〈省略〉

第三目録(被告長岡)

(1)  苫小牧市錦町五一番地

家屋番号 九七番

一、木造亜鉛鍍金鋼板葺平屋店舗兼居宅

建坪 二十坪

(2)  苫小牧市錦町五一番地の一

一、宅地 七〇五坪五合のうち

C図斜線表示の部分二九坪二合五勺

図〈省略〉

第四目録(被告外山)

(1) 苫小牧市錦町五一番地

家屋番号 九五番

一、木造柾葺二階建店舗兼居宅

建坪三十一坪二合五勺外二階八坪

同上附属

木造柾葺平屋建物置

建坪 七坪

(2)  苫小牧市錦町五一番地の一

一、宅地 七〇五坪五合のうち

D図斜線表示の部分九八坪

図〈省略〉

第五目録(被告(五)-(二))

(1)  苫小牧市錦町五〇番地

家屋番号 八六番

一、木造亜鉛鍍金鋼板葺平家建店舗兼居宅

建坪 二十九坪五合

同上附属

木造柾葺平屋建物置

建坪 三坪七合五勺のうち

E図(イ)の部分(本屋)約一四坪及び(ロ)物置

(2)  苫小牧市錦町五〇番地の一

一、宅地 六四八坪九合二勺のうち

E図斜線表示の部分四〇坪九合五勺

図〈省略〉

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